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衣・食・住が何千年前の太古から現代に至るまで、われわれ人間の生活の中心であることに変わりありません。動物を狩猟し、植物を育てる"食"、そして寒さや暑さから身を守るために、動物の皮や植物の繊維を利用した織物を身にまとう"衣"、さらに皮や織を"住"内部の仕切や敷物に利用する。絨毯の歴史もこうした太古の人間の暮らしから始まったものと思われます。
いったい絨毯の歴史はどのように始まったのでしょうか? もともと織物は湿気に弱いため、現存しているものを探し出すことは非常に困難なのです。しかし、紀元前7世紀頃の織物を作るための機械や布の切れ端など、織物の存在を知る上で重要な手がかりとなる出土品が、西アジアから発掘されています。
また、紀元前6世紀末にダリウス1世によって建てられたペルセポリスの遺跡には「朝貢図」というレリーフが現存しています。西アジア諸国の人々が貢ものをもって並ぶ様子が描かれており、その貢物の中には絨毯らしきものが彫られているのです。
それでは、現存する世界最古の絨毯とはどのようなものなのでしょうか?
それは、ロシアのエルミタージュ美術館に収めれています。
1929年、中国・モンゴル・カザフスタンの国境に位置する、アルタイ山脈のパジュリュク渓谷にあるスキタイ系民族の首長の墳墓から出土したものです。地中4メートルの深さ、300本の丸太をつんだ墓は凍結状態で発掘されたため、織物は原型をよく保ったままで出土しました。出土した4種類の織物のうちのひとつが世界最古の絨毯なのです。
素材はウール、ほぼ2メーター四方の大きさで、中央に花模様、それをふちどるように、鹿、馬にのった兵士、などが織りこまれています。中央の花模様はアケメネス朝ペルシャの文様に似ており、絨毯がその影響を大きく受けて作られたものであると思われます。残り3種類の織物は、祈る女性の姿を描いたウールのつづれ織り、馬に乗った戦士をアップリケしたフェルト、鳳凰を刺繍した白絹で、いずれもペルシャ、中国の文様の影響を深くみることができるのです。
このことから、紀元前において西アジアを中心にシルクロードを通って、ユーラシア大陸を東西にまたがる交易が活発になされていたことが伺えます。運搬しやすいこともあいまって、西と東の交易品に、織物や絨毯が大きな役割を果たしたに違いありません。交易を通じて、東西の"衣・住"をより豊かにするだけでなく、デザイン芸術や紡績技術など東西文化の発展に広く貢献したことが伺えるでしょう。
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